t>

架線が消えた長崎駅 46年ぶり非電化へ移行、コスト削減とサービス向上

1 minutes reading View : 24
アバター画像
Aiko Yamamoto
経済 - 07 7月 2026

50年前の昭和51年7月、国鉄はダイヤ改正を行い、長崎線・佐世保線の電化が完成した。当時の「国鉄監修 交通公社の時刻表1976年7月号」(現JTBパブリッシング刊)によると、特集ページでは長崎線の鳥栖-長崎間(125.3キロ)、佐世保線の肥前山口(現江北)-佐世保間(48.8キロ)の電化開業を伝え、博多・小倉から長崎へ向かう電車特急「かもめ」、佐世保行きの電車特急「みどり」のダイヤが紹介されている。「かもめ1号」は博多-長崎間を2時間25分で結び、同区間を走るディーゼル急行「出島」に比べて約30分速かった。

当時の記述には、「長崎・佐世保地区への交通が改善されます」とある。前年3月に山陽新幹線が博多・小倉まで延伸し、すでに電化されていた熊本、鹿児島への鹿児島線、大分、宮崎への日豊線に対し、佐賀、長崎へ向かう長崎線だけが非電化で取り残されていた。そのため、地元の人々は電化を歓迎したと推測される。

しかし、現在の長崎線は様変わりしている。6年前に新駅舎となった長崎駅に発着する「電車」は、令和4年9月に武雄温泉-長崎間で開業した西九州新幹線の「かもめ」だけだ。博多行きの電車特急「かもめ」でにぎわっていた在来線は、ディーゼルエンジンで発電した電力と蓄電池に充電された電力を組み合わせて走るハイブリッド車両「YC1系」が主流となった。列車の屋根を見上げると架線がなく、電化設備が撤去されている。

西九州新幹線の開業により、並行在来線の江北-諫早間は線路や駅などの施設を佐賀、長崎両県が設立した「佐賀・長崎鉄道管理センター」が維持管理し、JR九州が列車を運行する「上下分離方式」へ移行した。特急電車や貨物列車が走らないため、電化設備維持のコスト削減を図るべく、肥前浜-長崎間は昭和51年から46年ぶりに非電化区間に戻った。

この長崎線以外にも、非電化に戻ったJR路線は存在する。磐越西線の会津若松-喜多方間、奥羽線の新庄-院内間も非電化に戻された。奥羽線は令和6年7月、豪雨により線路への土砂流入や架線の断線などの被害を受け、長期運休を余儀なくされた。電化設備をなくした方が早期復旧につながり、復旧後の災害リスクを軽減できると判断され、非電化で令和7年4月に運行を再開した。

非電化への移行は後ろ向きの印象を持たれがちだが、投入される新型気動車は旧国鉄型より格段に性能が向上しており、利用客にとってはサービス向上といえる。架線や変電所などにかかるコストを削減し、ローカル線の経営効率化につなげる動きは、今後も続くとみられる。(鮫島敬三)

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
Share Copied